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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ… エピソードEX1(『死』について思うこと…)

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。

また、文章中にお読みになる方の気分を著しく害する部分もあるかと思います、誠に勝手ながら、お読みになる際は、自己責任でお願い致します。

エピソードEX1(『死』について思うこと…)




2005年7月2日

最愛の妻が、自らの意思でその命を絶ったという『現実』を満身創痍のなか、受け入れて行く事を強要される…。

誰かにでは無い…何事も無かったかのように流れて行く『時間』に…
だ。

絵空事ではない、現実での人間の死には、ドラマは無い。

正確には、公の機関が死亡を確認した瞬間から、亡くなった者への希望や未来への展望、苦言や愚痴すらも全てが切り取られ、伝える術を遮断される。

どれ程苛烈な哀しみに…
自らの半身が失われ行くような感覚に…
自身の感情が囚われていようとも…。

死亡の確認がなされた瞬間から、感情や思想とは全く関係ないシステマティックな、「作業」が、さも、しめやかそうに進められて行く…。

そこには、映画やドラマのような幻想が入り込む余地は全く無い、抗う術もない。

美しい『死』なんてものは無い、どんな死に方だろうとそれは、過程でしかない、死亡確認がなされた後は、すべからく、同じ行程の儀式と言う名の流れ作業に組み込まれる。

そこに例外は無い…。

その流れ作業にどれだけの思いを込めるのかは、生きている、残された者の唯一の権利である。

「死ぬ時は出来るだけきれいに死にたい」

「誰にも迷惑を掛けずにいなくなりたい」

「私(俺)が消えてもだれも何も気にしない」

のような言葉を耳にする…。

希望?謙遜?自己存在の意義確認?

それなら、その言葉に意味もあるだろう。

でも、その言葉に意味があるのは、当の本人が生きていてくれればこそである。

どれだけ周到に準備した死であっても、流れ出る糞尿の全てを隠す事は出来ない。

いかなる、法的効果がある遺書を書き残したとしても、残された人間達の感情をコントロールする事は出来ない。

誰にも迷惑を掛けずに?
今まで、あなたは、誰の力も借りずに生きて来たのですか?

本当に、消えてしまっても、だれも気にしない人間は、誰に向かってその言葉を発していますか?

これらの言葉が、SOSのサインなら、手を差し伸べたいと心から思う。

これらの言葉を本心から実現できると考えている者がいるとすれば、
ただの無知蒙昧の輩である。

自分の命の価値が分からなくなる時がある事は俺自身も共感出来る。

共感できるが、そこまでだ!

なぜなら、他人の死から、何かを学び得る事はあっても、自分の死からは何も学ぶ事は出来ない事を知っているから…。

残された側の苦しみや、生きている限り背負う事を続けなければならない十字架の重みを知っているから。

亡くなった者が、残した美談や、亡くなった者への美辞麗句は、『今』を生きて行かねばならない者が作り上げる幻想であり、贖罪である。

勿論、俺の嫁さんも例外ではない。

数え切れない程沢山の幸せを俺に与えてくれた嫁さんは、同時に、抱え切れないほどの忘れ物を残して逝った…。

責めるつもりも責める権利も俺には無い…。

俺にとっては、ただの現実であり、日常である。

その、ただの現実、ただの日常を真に受け入れる事が出来るまでの時間には、言語に絶する葛藤の日々があった。

結局、つまるところ、今回俺が何を言いたいのかって言うとね。

『今』もしくは『これから』現実に『死』ってものに気持ちが向かってしまいそうな人達に、「頭ん中で思い描いてる死」ってものと、「逃げる事が許されないリアルな死」ってもんの物凄い温度差とギャップを知って欲しいから、思い出したくも無い自分の暗部をこうして文字にしているんだ。

「死んだら、私(俺)も美化して、覚えててくれるのかな?羨ましい、死にたい」

って言われた事がある。

包み隠さずに正直に書く。

死んだらね、忘れられるんだ、どんどん…、多くの人に、大袈裟に言えばほとんどの人に忘れられていく、ほんの一握りの人だけしか記憶に留めてくれないってのが現実。

神妙な顔して線香立てて、その30分後には、ヘラヘラ笑って酒飲んでた事って無い?

俺はあるよ!

乱暴な言い方をすれば、他人の死なんて実はそんなもんだったりする。

人の命を軽んじる発言だって思う人もいるかも知れない、でもね、ほとんど面識の無い知人の死と、毎日可愛がってる、ペットの死どっちが悲しいか選べって言われたらそう言う人は、どっちを選ぶんだろう?

ただし、何があろうと絶対に忘れない人がいる事も事実。

その代わり、忘れないでいてくれる人は、必ず何かを背負って生きて行ってくれている人、そして、背負っているものは決して軽くない…。

質問!

あなたにとって今一番大切な人は誰ですか?












今、あなたが思い浮かべた人は、少なくても、あなたを嫌ってはいないはずだと思います。

どうしても、自分の気持ちのどこかから、「死にたい」「消えたい」の想いが消せない方、たくさんいると思います。

しかも、その想いと、ずっと、長い年月一人で戦ったり寄り添ったりして来た方も少なくないでしょう。

その苦しさや、寂しさは、誰かと比べられるものではなく、あなただけの切実な痛みであり、悩みだったんじゃない?

その、逃れ切れない苦しみから抜け出したくて、「死にたい」「消えたい」想いが浮かんで来ちゃう事を、俺は責める事はできないんだ。

いい加減楽になってもいいんじゃないかって思うときもあるよね…。

でもさ…

さっき思い浮かべた、あなたの大切な人が、あなたが「死んだり」「消えたり」する事で、大切な人の笑顔を奪う事になるとしたら?

自分の大切な人を犠牲にしてでも「死にたい」「消えたい」って思えるかな?

俺は、出来なかった…。

だから今を生きている、しんどい時が無い訳じゃないけどねw

「死にたい」「消えたい」の想いがどうしても消えない人達へ!

『死』って、決して美しいものでも、綺麗なものでもないよ!

少なくても、自分の大切な誰かの笑顔を奪ってまで、選ぶべき選択肢ではないと思う。

あなたがいなくなっても、時間と共に忘れていく大多数の人達の為じゃなく、あなたが大切に想える、たった一人の為に生きていくのもアリなんじゃないかなってのが俺の考えだったりします。

色んな意見があると思う!

こんな文章垂れ流しやがって!って、文句言いたい人もいるでしょう?

でも、意見を言ったり、文句を言ったりも、生きていないと出来ないんだよねw

だから、みんなで生きて行こうぜっ!!


続く
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テーマ:カウンセラーやセラピストのお仕事 - ジャンル:心と身体

  1. 2009/07/29(水) 12:55:38|
  2. メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…
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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(エピソード30)「これまでとこれから」

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。




エピソード30「これまでとこれから」


だらだらと、自堕落な生活にどっぷり浸っていた俺を、その状況から、足を洗わせてくれたのは、嫁さんとの会話だった…。

図らずも、嫁さんが指し示してくれた、俺の方向性…。

自責の念と、罪悪感、後悔、色々な思いに縛られ『これから』を考える事を、俺は放棄してしまっていたのだと思う。

嫁さんを亡くしてしまったその日、俺は自分自身の半身を同時に失ったと思った…。

俺の体が心と肉体で、構成されているとすれば、俺の心の部分は嫁さんと一緒に死んでしまったんだと思っていた、嫁さんは、間違いなく俺にとっての『心』だった。

心を失くした、ただ動くだけの肉の塊…。

嫁さんは、そんな自分にもう一度心をくれた…。

何もしてあげれなかった俺に、体はすでに無くなってしまっている嫁さんが、一歩踏み出す力をくれた。

今度こそ、俺の番だと思った。

たとえ、嫁さんの体は無くなっていようと、嫁さんの思いや、気持ちを俺が引き継げばいい…。

それが俺の贖罪でもあり、同時に嫁さんとこれからも一緒に生きて行ける道なんじゃないかと考えれる様になった。

嫁さんの葬儀の日に、住職と話す機会があった…。

「嶋村さん…、奥さんはね、本当に死んでしまった訳じゃないんだよ…。」

「……?……」

「奥さんが本当に亡くなるのは、みんなの記憶の中から奥さんが消えてしまった時に、はじめて本当の死を迎えるんですよ…。」

「…そうなんですか…、じゃぁ、少なくても嫁さんは、俺が死ぬまでは死ねませんね…。」

俺自身は、無宗教の人間である、ただ、この、住職の言葉は、いつも心の片隅にあった…。

嫁さんが、俺の背中を押してくれた事によって、住職が話してくれた言葉より更に踏み込んだ、嫁さんの思いを引き継ぐ事で、嫁さんを生かしてあげる事が出来る。

これからも一緒に生きていけるんだと考える事が出来た時、はじめて、俺の中にずっと残っていた、色んな思いに対して、意識を変えて行ける様になった…。

意識が変わってからの行動は迅速だった。

今の俺に出来る事って何があるんだろう?

『メンタル疾患のデパート』、そう呼べる程、嫁さんは様々な症状を抱えていた。

その嫁さんを、5年以上間近で見ながら、共に歩んだ経験を、そして自身が体験した事を、今この瞬間も苦しんでいる『誰か』に少しだけでも、フィードバックする方法は無いのだろうか?

まず、俺の行動で、嫁さんに対して、不足していたものは何だろう…?

それとは逆に、嫁さんが、俺に対して、満足してくれていたのはどういう部分だったんだろう…?

また、俺自身が、医療機関や、行政の対応に対して、不満を抱いた事は何があったろう…?

俺から、嫁さんに対して不足していたもの、特に嫁さんといれた時間の後半に関して足りなかったのは、『話をきちんと聞いてあげる事』だったと思う…。

逆に、満足してくれていた事は、『必ず、最後まで対話をする事』だったと思う…。

俺が、医療機関に対して不満だった点を上げるとするなら、臨床心理士さんに話した内容を、担当医が全く理解していない事や、診療時間の問題で自分の言いたい事をキチンと話せない事…、予約で一杯なのを知ってると、俺だけもう少し話を聞いてくれとは言えなかった…。

行政機関の対応に関しては、無料だし、事情があって仕方がないのだろうと思うのだが、担当してくれる方が、ちょくちょく変わり、たらい回しな感じは否めない所だろうか…?

それらを総合して、何が出来るのかを考えたり、調べたりする…。

精神科医は、時間と金銭的問題で無理、臨床心理士も、これから大学に通うほどの時間は無い…。

娘と暮らしている事や、立地的な問題もあり、定期的に学校に通うのは難しいという現実もあった…。

消去法で二つが外れ、当時、それ以外にメンタルを扱う資格や仕事となると極端に職種が狭まった…。

心理カウンセラー、心理セラピストなど、名称は様々だが、臨床心理士も含め全て民間の資格である事に、まず驚いた…。

国家資格が無いのなら、まずは、現場に出て、臨床経験を積む事が一番大事なんじゃないのかと考えた結果、相当数取り寄せた資料の中から、資格試験の日程が出来るだけ早いものを選んだ…。

教材が届くとその日からアルコールをほとんど絶った(全てでは無い所が情けないのだが…/苦笑)

恥ずかしい話だが、生まれてはじめて、と言っていいほど本気で、そして、物凄い速度で勉強した…。

メンタルのケアの対応を基礎から学び、改めて嫁さんが、どれ程辛く、苦しく、寂しい、気持ちと闘っていたかを、自分の心と体で学ぶ事が出来た…。

正しい対応を身に付ける度に、俺が、嫁さんにとっていた対応を思い返し、心がえぐられる様な、痛みの伴う学習期間だった…。

資格取得までの流れは、カリキュラム毎の試験に合格して行き、総合の仮試験と論文に合格すれば、定期の本試験を受ける事が出来るシステムだった…。

二ヶ月ほどで、全てのカリキュラムの試験と仮試験、論文までを合格し、本試験の受験資格を貰う…。

が、全てのカリキュラムが終ったといっても、この知識だけで、実戦に対応できるのかは、甚だ疑問だった…。

本試験まではまだ、4ヶ月も時間があった為、上位資格に当たるというものにも挑戦してみようと思い、同時受講を始める、最短で行けば、約半年で、4つの資格試験を受ける事になるが、当時の俺には、問題の無い時間だった気がする…。

それだけの覚悟と、集中力で、学習に臨んでいた…。

全ては、嫁さんの思いを引き継ぐ為に…。

メンタルケアの勉強を始めてから約半年後、4つの認定証とそれに付随した2つの認定書を頂き、いわゆる、認定カウンセラー、認定セラピストと言うものになった…。

だが、民間の資格試験に合格したというだけですぐに実戦でその知識が通用するとは自分自身思えなかった…。

すぐに、地元の保険センターなどに連絡をいれ、現場で、協力させてもらえる事や、勉強させて貰えるよう、ボランティアでの活動を申し込んだ、同時に、自堕落な生活を送っていた時期に通っていたバーの一角を借りて、深夜に、仕事終わった、水商売の女の子達の悩み相談も受けるようになった…。(自堕落な生活もここに来て役に立った/笑)

昼夜を問わず、ひたすら、臨床経験を積む…。

また、グリーフケア(死別悲嘆のケア)の講習会に参加したのもこの時期だった。

この数ヶ月は、後に独立開業する際の自信に繋がる大事な時期だった。

2006年の年末から、娘と東京に戻り、独立開業の準備を始める…。

パソコンやインターネットの知識に疎かった(いまでも疎いままですが/汗)俺が、mixiに代表されるSNSを知ったのも、個人のブログが簡単に持てると言う事を知ったのもこの頃だった。

開業準備期間にも、改装業者の夜逃げや、娘の保育園の時間などの問題で、オープンは2007年の4月まで先送りになってしまうハプニングもあった。

心や体が疲れきってしまい消えそうになっている方を一人でも多くREBORN【再誕・再生】させたいというコンセプトからカウンセリングルームMENTALREBORN 2007年4月16日正式オープン。

開業後も、勿論、順風満帆とは行かない…。

ホームページや、SNSやブログでの宣伝だけでは、ご相談を頂く人数の絶対数が全く足りない…。

その時期は、嫁さんの残してくれたお金で食い繋ぐ…。

夏ぐらいを境に、口コミや、クライアントさんからのご紹介などで、少しづつではあるが、信頼を得る事が出来始めた気がする(気のせいか?/苦笑)

この頃から、実際にクライアントの皆さんの一人一人が持っている悩みの根深さとそれを取り巻く社会の温度差に驚かされる事になる…。

メンタル疾患に対する社会の認識の低さと偏見…。

いまだに、メンタル疾患=気持ちの弱い人間がなる病気だと思っている人の多さに驚かされ、メンタル疾患の多くが脳の病気であり、また、誰もがなりうる病気であるという事実を対岸の火事の様に考えている人の多さにがっかりする。

更に悲しい現実だが、多くの症例から、家族や、配偶者などの最も身近で、フォローすべき人達が対岸の火事のように傍観者を決め込んだり、臭い物には蓋の精神で、座敷牢のような状況を作ってしまい、自立の妨げになってしまったりと、認識不足や、間違った情報や風習などに、自立のチャンスを潰されてしまっている方々が多数いる事も、分かって来た…。

悩みや辛い事、悲しい事を誰にも打ち明けず、自分自身で処理できる事が美徳とされる日本人の国民性がそうさせるのかもしれない…。

しかし、それは、数年前の俺の姿勢だったのかもしれない…、嫁さんの思いを引き継ぐ為に作ったコンセプトを、いつまでも忘れないよう、改めて肝に銘じる。

もう1つ、吐き出す事、向き合う事の大切さも…。


地道に活動を続けて行く中で、俺と嫁さんの趣旨に賛同して下さる方、協力をして下さる仲間も増えて来た。

次のステップへ踏み出す時期なのかもしれない…。

『これまで』を振り返ると、いつも俺の行動原理は嫁さんだった…。

『これから』の次のステップも、改めて嫁さんの思いと共に踏み出したいと思う…。

嫁さんが、最期まで心から願ってくれたのは、俺と娘の幸せだったから…。

その思いに報いる為にも…。

我が最愛の妻から託された今を苦しんでしまっている誰かの為にも…。

嫁さんを亡くしてから俺は、大きな分岐点に立つ時、嫁さんのあの笑顔を思い浮かべる…。

俺の1番大切だった…、何よりも守りたかった、大切な人の笑顔を…。

俺が、結果的に守れなかった、大切な人の笑顔…。

この駄文に、最後までお付き合い下さった皆さまへ、厚かましくもお願いがあります…。

「思い浮かべて見て下さい、あなたの大切だと思える人の笑顔を…。」

「そして、今、心に思い浮かんだ方の笑顔を二度と見れないものにしない為にも、今より、ほんの少しだけ、その方に優しくしてあげて下さい、たったそれだけで、救われる命が、確実にあるのだから…。

最後に、嫁さんと、そして、今現在、自分が頑張り過ぎている事にさえ気付かず頑張ってしまっている人達へ…。

『もう、がんばらなくていいんだよ…。』



メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(完)

テーマ:たいせつなひと。 - ジャンル:心と身体

  1. 2008/11/02(日) 20:02:15|
  2. メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…
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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(エピソード29)「堕落の日々と気付き」

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。




エピソード29「堕落の日々と気付き」




四十九日までは、何があっても、俺が崩れる訳には行かない、嫁さんに安心して眠って欲しい…その一念だけで、様々な事に耐えて来た…。

嫁さんの親族が出席しない、いびつな四十九日の法要と、疑問を抱きながらの、絶縁…。

嫁さんの俺に対する思いや、娘を思う気持ちを、人づてのメッセージも含め、ほんの少しづつだがそれを受け止め、嫁さんの思いに答えて行かなければと考えをスライドしようとしていた矢先の、身内だと思っていた人間からの自己の全否定…。

元来、自責の念に囚われていた俺の精神が、坂道を転がり落ちて行くには十分過ぎる一押しだった…。

まずは、負の自問自答が始まる…。

「なぜ、電話をくれた時に、すぐに帰ってあげられなかったのだろう?」

「お前の事は、俺が守ってやるなんて言っていたのは誰?」

「俺はあいつに、何をしてあげられた?」

「俺と出会わなければ、嫁さんが命を落とす必要は無かったんじゃないのか?」

様々な自問の中で、導き出される答えは一つだけ…。

(俺の力不足…)

その時に出た答えが、俺は死んで嫁さんに詫びを入れなければならない大罪を犯したんだ、後は死に方の問題だけか?

俺は自分の命を懸けてでも守るべき者を守りきれなかった、時代が時代なら、切腹ものの重罪、腹を切ろうと本気で考えた…。

深夜、包丁を取りにキッチンへ向かおうとする。

「ぱぱ、おしっこ?」

眠っていたはずの娘の声に振り返る…。

「〇〇もおしっこ、いっしょにいこう。」

「いいよ、一緒に行こうか?」

「うん。」

娘のトイレを済ませ部屋に戻る…。

「ぱぱは、おしっこいいの?」

「うん、大丈夫になった…。」

「ふーん。」

「あのさぁ、パパね、ママに凄く凄く悪い事をしちゃったのね、だからさぁ、ママにごめんなさいしに行こうと思うんだ…。」

「まま、ねんねしてるところにいくの?」

「…うん…、そしたら、〇〇は、パパがいなくても、おじいちゃん、おばあちゃんのところで良い子にしてられる?」

「ぱぱ、すぐかえってくる?」

「ママが許してくれないと帰って来れないかな…。」

「ままに、ごめんねするだけでしょ?まま、すぐに、いいよっていってくれるよ。」

「そうかなぁ?ママ、パパの事許してくれると思う?」

「ままも、ぱぱも、わるいことしたら、ほんとにごめんねしたらいいよっていうって〇〇にいってたじゃん!」

…言葉を失った…。

嫁さんから、名指しで託された、娘への責任感と、それでも消えない自責の念から来る自殺願望の板挟みの日々が続く…。

丁度その頃から、娘を地元の幼稚園に通わせる事が決まる。

毎日娘の弁当を作り、幼稚園の送り迎えをする事だけが、日々の日課になった…。

娘といる時間以外は、全くの無気力で、嫁さんの仏壇の側で呆けているか、酒を飲み続けているかの生活になって行った。

大量のアルコールを飲まないと眠れなくなった、食事も摂れなくなった、嫁さんを亡くしてから約2ケ月で60㌔あった体重が44㌔まで落ちた。

風呂に入れない時も多くなった、無気力とだるさ…、それに加えて、風呂に入る度に、嫁さんのパジャマ姿がフラッシュバックを起こす事も原因の1つだった…。

幼稚園の送り迎え以外の外出も殆ど無くなっていた。

家族と会話を交わす時間も殆ど無くコミュニケーションも上手く取れなくなって行く。

家族との不協和音が聴こえ出す。

たまたま、家族で酒を飲む時間があった。

「お前、四十九日も終ったのに、いつまで、何をしているんんだ?酒ばっかり飲んで、飯も喰わねぇでガリガリになって。」

「悪りぃね…、ただ俺も好きでこんな事をやってる訳じゃないんだけどさ…、体が思う様に動いてくれねぇんだよ…、気持ちも追いつかねぇしさ…。」

「情けねぇ事言ってんじゃねぇよ!、そんなもの、お前がだらしねぇからだろ!?」

「体が言う事利かねぇんだっつってんだろうが!」

「まさか、お前まで病気だなんて言うんじゃねぇだろうな?」

「医者に言った訳じゃねぇから、ハッキリは言えねぇけど、この状態だったら、誰が見ても病気なんじゃねぇのか?」

「今回は、状況が状況だったから、今まで何も言わなかったけどな、周りの人達は、お前の事どう思ってるのか知ってるか?、四十九日も過ぎたのに、働きもしないで、情けない男だって、殆ど病気だって思われてんだぞ!」

「そうだろうな、そんなに迷惑掛けてんだから、俺、嫁さんの所に逝くわ…、娘の事だけは、よろしくお願いします。」

「情けねぇ事言ってんじゃねぇよ!!」

その言葉と同時に、親父のビールグラスが俺を目掛けて投げ付けられる。

体を捻ってグラスをかわすもグラスがかすった腕から血が流れる…。

そこからは、還暦に近い親父と、30を過ぎたいい大人同士が、部屋中のガラスが割れるほどの殴り合い、数分後、頭を割られた俺と、顔が変形した血みどろの親父がいた…。

親父が捨て台詞の様に残していった一言…。

「お前が少しでも、元のお前に戻れるんなら、病院でも何でも行って来い!ただ、俺は、お前が病気だなんて認めねぇからな…。」

職人気質の親父なりの最大の妥協であり激励だったのだと思う、ただ、狭い町の中、家族から精神病の人間が出る事は、家族には抵抗があったのだろう…。

悲しいかな、ここにも、精神疾患に対する偏見があった…。

翌日、家族の手前二の足を踏んでいた、精神病院へ足を運んだ…。

地方の精神福祉事情は正直、恵まれているとは言い難い、立地もその一因だが、絶対数の少なさから、自分と相性の合うDrと出会うまでも時間を要する。

俺の場合も、主治医と呼べるDrに会えたのは、3人目の先生だった…。

主治医が出した診断は、『心的外傷後ストレス障害』通称『PTSD』と言われる診断だった。

投薬治療が始まる、俺の場合現実逃避の為のアルコール依存も合った為、薬との相互作用で幻覚を見る事もあったが…。

薬の効果が出はじめると、徐々に外出が出来る様になった。

だが、それは俺自身の堕落への第一歩だった…。

はじめは、昔の仲間に誘われ、飲みに行きだした程度だった。

それが徐々に、誘われる側から、誘う側に回り、気が付けば、娘を寝かし付けた後は、お袋に娘を預け、娘が起き出す時間に部屋に戻るほど、飲んだくれる日々が続いた…。

行き先は様々だが、飲みに行く場所には、必ず女の子がいた…。

店が終るまで飲み続ける、店が終ると、女の子を連れ出し、朝まで飲み続ける…。

女の子が目的ではなかった、現実、女の子から誘いを受ける事もあったが…そんな自堕落な生活を送りながらも、俺の心の中には嫁さんしかいなかった…、俺の鞄の中にはいつでも、嫁さんの遺影が入っていた。

そんな自堕落な生活から足を洗わせてくれたのも、やはり嫁さんだった…。

その日、一人クラブのカウンターで飲んでいた俺に、何度か顔を合わせた事のある若い男の子が声を掛けてきた。

「嶋村さんて、お仕事何やってるんですか?」

「子持ちのぷー太郎だよ。(苦笑)」

「飲み代どうしてるんですか?」

「残り少ない嫁さんの保険金食い潰してる。」

「嶋村さん何かやりたい事とか無いんですか?」

「何していいかわかんねぇから、こうして、ダラダラ飲んでるんだよ。」

その時、不意に、嫁さんと交わした何気ない会話が頭をよぎる…。

「わたしがさぁ、このまま、病気が良くなって、元気に動ける様になったらさぁ、わたしと同じ様に辛い思いをしてる人達の何か役に立てる仕事がしたいんだ…、なりさんどう思う?」

「そうなんだ、いいんじゃない、ただ、お前がしっかり元気になるのが先だけどな…。」

そうか…、俺がしたい事を探そうとしてたから前に進めなかったんだ…。

事実、将来的には、自分の飲食店を持ちたいと言うのが、嫁さんと暮らしていた時の俺の目標ではあった…。

その目標だけなら、嫁さんの残してくれた保険金で実現する事も可能だった。

ただ、いつも心に、嫁さんの金で自分のやりたい事を始める事に罪悪感があった…。

結果として、更に性質の悪い、金の使い方をしてしまう事になってしまったのだが…。

嫁さんの思いを、嫁さんの意思を繋げる事が出来るのなら…。

その時から、俺の進むべき方向が、ぼんやりと見えてきた気がした。



続く

テーマ:たいせつなひと。 - ジャンル:心と身体

  1. 2008/10/31(金) 06:05:29|
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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(エピソード28)「最愛の妻より、そして、自らの精神疾患」

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。




エピソード28「最愛の妻より、そして、自らの精神疾患」

嫁さんの火葬が終った。

「お葬儀は、田舎でやろう。」
狭いマンションで無く、広い場所で送ってあげたい、俺の親からの提案だった…。

気が付けば、月末までに、マンションを引き払い、実家に連れ帰られる事が決まっていた。

それが合図だったかの様に、嫁さんの親父さんとお姉さんが、嫁さんの遺品である洋服や貴金属を、俺の知らない間に処分していたり、嫁さんの実家に送ろうとしている事にも、違和感を感じずにいた…。

人が周りにいる状況が多かった為、気は張っていたが、俺自身の判断能力は著しく低下していた事は明らかだった…。

バタバタした状況の中、火葬が終った当日、夜の新幹線で俺の実家を目指す…。

俺の腕の中には、ずっと、嫁さんが納められた白い木箱があった…。

帰省翌日、改めて通夜が行われた、数百人の焼香客に、頭を下げ続ける…。

その中に十年近く不義理をしていた、同級生達数十人の顔が見えた時、それまで抑えていた感情があふれ出した…。

「今まで、何の連絡も無しに、こんな時だけ、来て貰って申し訳無い!」

友人の中の一人が言った…。

「何も言わなくていい…、何年経っても仲間だろ?落ち着いたら飲みに行こうな!」

自分の不甲斐なさと、仲間の有りがたさとが混乱し、涙が止まらなかった…。

翌日の葬儀を仕切ってくれる、お寺の住職さんを呼び止め、住職さんにだけ、事の顛末を包み隠さずに話す。

嫁さんの魂(というものがあるのだとすれば)が少しでも安らかに眠って貰いたかったから…。

翌日の葬儀については、以前触れた通り、俺の当時の心境を来客に伝えられたと思う…。

曜日の都合で、火葬が遅れた事や、帰省しての葬儀になった事などから、初七日はすぐにやって来た、二七日、三七日、四七日、四十九日、と仏事は続く…。

状況が状況だった為、最低でも四十九日までは、嫁さんの側にいてあげたい、その想いだけで、仕事も辞めた…。

仏事の合間を縫い、娘と二人で何度か東京へ戻る、職場への挨拶、引越しの準備、役所の手続き、やらなければいけない事は山積していたが何よりも、嫁さんの友人達に会いに行くのが、俺の一番の目的だった…。

嫁さんが俺以外に見せている気持ちの一面を聞きたかったというのが本音だった。

嫁さんの友人達に何度かに分けて話す機会を作って貰う…。

「嫁さん、俺の事、何か言ってませんでしたかね?」

「何か不満だったり、愚痴だったり、聞いていませんか?」

会う人それぞれに、同じ質問をぶつける…。

帰ってくる答えは、口を合わせた様に同じだった…。

「色々、不満とか、愚痴とか聞いた事あるけど、〇〇ちゃんの口から、嶋村さんへの文句って、一度も聞いた事が無いんですよ、ママ友達が集まった時だと、大抵、旦那の文句の一つも出るのに、〇〇ちゃんからだけは、嶋村さんの文句一回も聞いた事無かったなぁ。」

病院や保育園でも、不満や、悩みの中に、俺の事が出て来る事は無かったらしい…。

不満が無かった筈は無い…

現に嫁さんとは何度と無く大喧嘩をやらかしている、それと同じくらいの数の仲直りも…。

ただ、それが愚痴となって、誰かに伝わっていても何もおかしくは無い…。

確かに、家から一歩外に出ると、どんな状況でも年下の俺を立ててくれる、人前では、何があっても、俺を馬鹿にする様な言動は絶対にしない本当にできた嫁さんだった。

一度、嫁さんにその事を聞いた事がある、嫁さんの答えは極めてシンプルだった。

「なりさんに恥をかかせるって事は、『自分の旦那はダメ男ですよ』って、わたしが言うのと一緒でしょ?わたしは自分の旦那ちゃんに自信あるもん。」

(俺も自分の嫁さんに自信持ってるよ)その一言を告げられなかった事が今も胸に残っている…。

一人のママ友達が俺に言ってくれた…。

「私がね、〇〇ちゃんになんで、旦那さんの文句言わないのって聞いた事があるのね、そしたらね、『うちの旦那とはいくら喧嘩しても、最後は必ず、仲直り出来るまで話合いをするから、途中経過で愚痴は言わない様にしてるんだ…、それと、信じてるから』って言ってましたよ…『旦那と会っても絶対言わないでね』って釘刺されましたけど…。」

その時はじめて、嫁さんが俺の事をどれだけ信用してくれていたのか知る事になる…。

(言葉なんか無くても、俺の気持ちは伝わっているだろう…)そんな俺の根拠の無い自信は、微塵に砕かれた…。

嫁さんは、愛情を『言葉』と『行動』の両方で表してくれた…。

俺は何をしてあげれていた…?

それなのに、嫁さんは…。

その時は、自分を責める事しか出来なかった…。

嫁さんを亡くしてから、はじめて東京に戻って来た夜、不思議な夢を見た…。

その日も、人にあった後、嫁さんと最後に一緒に飲んだバーに娘を連れて食事をさせながら、深夜まで、バーボンをあおっていた…。

すでに眠っている娘を抱きかかえ、タクシーで嫁さんとの思い出の詰まった部屋へ戻る…。

一組だけ残してあった布団とタオルケットを敷き、枕元に、写真立てに入った嫁さんの遺影を置いて眠りに付く…。

薄皮一枚の浅い眠り、嫁さんが亡くなって以来、夢を見なくなっていた俺が見た夢…。

夢の中の俺は、枕元に置いたはずの、嫁さんの遺影を探していた…。

どんなに探しても、遺影は見つからない…。

狼狽している俺の前に、その時一人の女の子が現れる…。

小学生くらいの女の子、黒いワンピースを着ている…。

女の子が何も言わず、嫁さんの遺影を優しく渡してくれる…。

その女の子の髪は、嫁さんと同じ髪型、口元には、嫁さんと同じ位置にほくろがある事に気付く…。

驚いて目を醒ますと、枕元の遺影は、しっかり、俺の手に握られていた。

偶然なのだと思う、ただ、その時は嫁さんが体を失っても、俺の世話を焼きに来てくれた様な気がした。

嫁さんの遺影に思わず、独り言が漏れる…。

「お前、今でも気に掛けてくれてんのか?ごめんな…いつも、心配させてごめんな…、でも、ありがとう、会えて嬉しいよ…、ちっちゃいお嫁ちゃん。」

偶然だろうが、思い込みだろうが、「嫁さん?」に再会できた事は、なによりの贈り物だった…。

翌日は役所に行った、役所での手続きは、死亡届けと、精神障害者手帳の返還手続き…。

分かってはいたが、俺の戸籍の隣から、嫁さんの籍が抜けるのは、書類上の事とはいえ、一言では言い表せない、複雑な心境だった…。

何度か東京と田舎を往復しながら、いろんな人達とも会い、嫁さんの当時の心境の断片には、触れる事ができた気がしていた…。

四十九日の前日、辛うじて自力で支えていた俺の精神力が、一本の電話で叩き折られる事になる…。

同じ痛みを分かち合っている…と、俺が勝手に思い込んでいた、嫁さんの親族からの、絶縁と言う現実だった。

内容を掻い摘むと、俺の事は信用する事が出来ない、何かを隠している筈だ、今後の仏事にも、墓参りにも一切行きません、お付き合いの一切をやめるので、〇〇ちゃん(娘)を連れて来るのもやめて下さい。

という、一方的な内容だった…。

嫁さんの保険金の事も話された気がするが、殆ど記憶に残っていないし、また、ここに書くべき内容でもないので、割愛する。

人間は自分が耐え切れない、出来事が起きると、自分以外の誰かに、その責任を転嫁しようとする。

その心理は理解できるし、今回の場合、責任を転嫁するのに最適なのは俺であろう事は理解できるし、事実、嫁さんの自殺を回避させる事が出来たのは、俺以外にはいなかったと思う。

嫁さんを助ける事が出来なかった事実は、今後、俺の心臓が鼓動を止めるまで背負って行くべき十字架だとも思っている。

ただ、娘に関しては、どういう気持ちで切り捨てる事が出来たのか、今でも疑問が残っている…。

四十九日の法要を終えた翌日、保険金の約半分を判断能力が欠落していた状態で、送金する事になる…。

四十九日、使命感だけを頼りに、節目の仏事を迎える事ができた緊張感の途切れと、思いもよらない絶縁の報によって、薄皮一枚で繋がっていた俺の精神力は、五十日目で崩壊を向かえる…。

それは、自分自身と病気、家族、閉鎖社会との闘いの始まりでもあった…。

坂道を転げ落ちる、岩の様に…。




続く

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  1. 2008/10/28(火) 21:50:01|
  2. メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…
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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(エピソード27)「肉体の消滅」(後編))※メンタル面が不安定な方は安定する時期まで、読み飛ばす事をおすすめします。

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。



エピソード27「肉体の消滅」(後編)



返答の無い夫婦の会話を続けた夜が明ける。

様々な形で連絡を取った嫁さんの友人や知人が嫁さんの顔を見に来てくれる。

嫁さんの亡骸を見た人達の反応は人それぞれ…。

泣き崩れる人、現実を受け止められずただ事務的に焼香を済ませる人…。

全ての人の対応に、俺自身が、崩れてしまわない様、気を張り詰めていた。

嫁さんの死因については、嫁さんの病気に対して本当に理解のある方だけに、事実を告げた…。

理解の無い人達に対して事実を告げ、嫁さんの死を曲解されたまま誰かに伝えられるのは、俺にとって、許し難い事だったから…。

事実を人達に関しては、日を改めて、話す時間を作る事を約束し、その日を終える。

翌日は火葬…。

その儀式が終ってしまえば、嫁さんの体に触れる事も髪を撫でてあげる事も出来なくなる…。

その夜は、朝まで、嫁さんの体に抱きつき、頬を寄せ、髪を撫でた…。

いつもの笑顔を返してくれない嫁さんの顔に…。

ドライアイスとエアコンで、氷の様に冷たくなった嫁さんの体に…。

何度も何度も…。


翌日、火葬場まで嫁さんを運んでくれる為に葬儀社の人達がやってくる、それまで眠っていた布団から、棺へ嫁さんが移せれる…。

なぜか一筋だけ涙が流れた…。

火葬の準備が始まり、安らかな寝顔の様な表情のまま、棺の中に横たわる嫁さんが、嫁さんの好きだった色の花に囲まれていく…。

その顔の側に、嫁さんの好きな、本や、タバコ、そして、風邪気味だった嫁さんの為に、二人の常備薬だった風邪薬と、娘からのプレゼントを添える。

そこで、火葬の担当者が一言…。

「お見送りの準備もお済になりました様なので、もしよろしければ、定刻にはまだお時間がありますが、予定を早める事も出来ますがいかが致しますか?」

「!?」

その言葉の意味を理解し、唖然とした…。

それが怒りに変わるまで、殆ど、時間は要さなかった。

「おい!葬儀屋!今の言葉どういう意味で言った?どこの馬鹿がてめぇの嫁さんを少しでも早く、釜の中に入れたいと思う奴がいると思うんだ!?」

「申し訳御座いません…。」

「マニュアル通りに喋っただけなんだろうがよ、人の気持ちも考えてからものを喋れ!!これから時間まで、そのうす汚ねぇ口を二度と開くな!!まだ別れの準備なんか済んでる筈がねぇだろうが!!」

「はい…、申し訳御座いませんでした…。」

「ぱぱ、おおきいこえだしたら、ままねんねできないよ。」

「そうだな…、ごめんね、びっくりした?」

「うん。」

「よし、ママにもう一回、おやすみ言いに行こうか?」

「うん!」

娘を抱いたまま、よめさんの棺の側へ戻る。

「まま、おやすみなさい、げんきになったらまたあそんでね。」

娘に嫁さんの顔を見せ、娘を友人に抱っこして貰う。

最期の嫁さんとの会話は二人だけでしたかった…。

「…お嫁ちゃん、ごめんな、正直さぁ、このまま、お前と一緒に棺桶の中に入らせて貰いてぇよ…。」

「…でも、それは、お前が許してくれねぇんだよな?」

「だから、遺書に俺を名指しで、俺達の子供預けてくれたんだよな?」

「たくさんの幸せを与えて貰ったのは俺の方だよ、同じだけの幸せ返してあげれなくてごめんな…。」

「結婚式の時、神父さんが『死が二人を別つ時まで愛し続ける事を』なんて言ってたけどさ、これからも、俺は、お前の事を愛し続ける事を約束するからな…。」

「だから、『さようなら』は言わない、先にいって待ってて欲しい…、それまでは、ゆっくり休んでていいんだからな。」

「寂しい思いをさせてごめんな、辛い時に側にいてあげれなくてごめんな…、これからは、お前は寂しい思いも、辛い思いも、悲しい思いもしなくていいんだからな。」

「お前が、これから感じるはずだった、辛い事、苦しい事は、全部俺が引き受けるから…、だから、ゆっくりおやすみ…・」

「さよならの代わりに…ありがとう…」

「…そろそろ、お時間です…。」

嫁さんの棺が動き出した時、棺によじ登り、嫁さんと最期のキスをする…。

よめさんの唇に体温が戻った気がした…。

「愛しています心から…、ありがとう…おやすみ…。」

数十分後、嫁さんの体は、白い箱に収められていた…。

俺の嫁さんに対する愛おしさは、何も変わっていなかった…。



続く

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  1. 2008/10/17(金) 22:50:50|
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