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メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(エピソード30)「これまでとこれから」

このエピソード達は、俺と、今は亡き、嫁さんが過ごして来た時間を懐古しながら、今現在、そういった状況で、悩んだり、困ったり、つまづいたりしている、人達の何かの役に立てればと思い、不定期で、自分と嫁さんのエピソードを、ノンフィクションで、書き綴っているものです…。

現在進行形の物語ではないので、ご注意を…。




エピソード30「これまでとこれから」


だらだらと、自堕落な生活にどっぷり浸っていた俺を、その状況から、足を洗わせてくれたのは、嫁さんとの会話だった…。

図らずも、嫁さんが指し示してくれた、俺の方向性…。

自責の念と、罪悪感、後悔、色々な思いに縛られ『これから』を考える事を、俺は放棄してしまっていたのだと思う。

嫁さんを亡くしてしまったその日、俺は自分自身の半身を同時に失ったと思った…。

俺の体が心と肉体で、構成されているとすれば、俺の心の部分は嫁さんと一緒に死んでしまったんだと思っていた、嫁さんは、間違いなく俺にとっての『心』だった。

心を失くした、ただ動くだけの肉の塊…。

嫁さんは、そんな自分にもう一度心をくれた…。

何もしてあげれなかった俺に、体はすでに無くなってしまっている嫁さんが、一歩踏み出す力をくれた。

今度こそ、俺の番だと思った。

たとえ、嫁さんの体は無くなっていようと、嫁さんの思いや、気持ちを俺が引き継げばいい…。

それが俺の贖罪でもあり、同時に嫁さんとこれからも一緒に生きて行ける道なんじゃないかと考えれる様になった。

嫁さんの葬儀の日に、住職と話す機会があった…。

「嶋村さん…、奥さんはね、本当に死んでしまった訳じゃないんだよ…。」

「……?……」

「奥さんが本当に亡くなるのは、みんなの記憶の中から奥さんが消えてしまった時に、はじめて本当の死を迎えるんですよ…。」

「…そうなんですか…、じゃぁ、少なくても嫁さんは、俺が死ぬまでは死ねませんね…。」

俺自身は、無宗教の人間である、ただ、この、住職の言葉は、いつも心の片隅にあった…。

嫁さんが、俺の背中を押してくれた事によって、住職が話してくれた言葉より更に踏み込んだ、嫁さんの思いを引き継ぐ事で、嫁さんを生かしてあげる事が出来る。

これからも一緒に生きていけるんだと考える事が出来た時、はじめて、俺の中にずっと残っていた、色んな思いに対して、意識を変えて行ける様になった…。

意識が変わってからの行動は迅速だった。

今の俺に出来る事って何があるんだろう?

『メンタル疾患のデパート』、そう呼べる程、嫁さんは様々な症状を抱えていた。

その嫁さんを、5年以上間近で見ながら、共に歩んだ経験を、そして自身が体験した事を、今この瞬間も苦しんでいる『誰か』に少しだけでも、フィードバックする方法は無いのだろうか?

まず、俺の行動で、嫁さんに対して、不足していたものは何だろう…?

それとは逆に、嫁さんが、俺に対して、満足してくれていたのはどういう部分だったんだろう…?

また、俺自身が、医療機関や、行政の対応に対して、不満を抱いた事は何があったろう…?

俺から、嫁さんに対して不足していたもの、特に嫁さんといれた時間の後半に関して足りなかったのは、『話をきちんと聞いてあげる事』だったと思う…。

逆に、満足してくれていた事は、『必ず、最後まで対話をする事』だったと思う…。

俺が、医療機関に対して不満だった点を上げるとするなら、臨床心理士さんに話した内容を、担当医が全く理解していない事や、診療時間の問題で自分の言いたい事をキチンと話せない事…、予約で一杯なのを知ってると、俺だけもう少し話を聞いてくれとは言えなかった…。

行政機関の対応に関しては、無料だし、事情があって仕方がないのだろうと思うのだが、担当してくれる方が、ちょくちょく変わり、たらい回しな感じは否めない所だろうか…?

それらを総合して、何が出来るのかを考えたり、調べたりする…。

精神科医は、時間と金銭的問題で無理、臨床心理士も、これから大学に通うほどの時間は無い…。

娘と暮らしている事や、立地的な問題もあり、定期的に学校に通うのは難しいという現実もあった…。

消去法で二つが外れ、当時、それ以外にメンタルを扱う資格や仕事となると極端に職種が狭まった…。

心理カウンセラー、心理セラピストなど、名称は様々だが、臨床心理士も含め全て民間の資格である事に、まず驚いた…。

国家資格が無いのなら、まずは、現場に出て、臨床経験を積む事が一番大事なんじゃないのかと考えた結果、相当数取り寄せた資料の中から、資格試験の日程が出来るだけ早いものを選んだ…。

教材が届くとその日からアルコールをほとんど絶った(全てでは無い所が情けないのだが…/苦笑)

恥ずかしい話だが、生まれてはじめて、と言っていいほど本気で、そして、物凄い速度で勉強した…。

メンタルのケアの対応を基礎から学び、改めて嫁さんが、どれ程辛く、苦しく、寂しい、気持ちと闘っていたかを、自分の心と体で学ぶ事が出来た…。

正しい対応を身に付ける度に、俺が、嫁さんにとっていた対応を思い返し、心がえぐられる様な、痛みの伴う学習期間だった…。

資格取得までの流れは、カリキュラム毎の試験に合格して行き、総合の仮試験と論文に合格すれば、定期の本試験を受ける事が出来るシステムだった…。

二ヶ月ほどで、全てのカリキュラムの試験と仮試験、論文までを合格し、本試験の受験資格を貰う…。

が、全てのカリキュラムが終ったといっても、この知識だけで、実戦に対応できるのかは、甚だ疑問だった…。

本試験まではまだ、4ヶ月も時間があった為、上位資格に当たるというものにも挑戦してみようと思い、同時受講を始める、最短で行けば、約半年で、4つの資格試験を受ける事になるが、当時の俺には、問題の無い時間だった気がする…。

それだけの覚悟と、集中力で、学習に臨んでいた…。

全ては、嫁さんの思いを引き継ぐ為に…。

メンタルケアの勉強を始めてから約半年後、4つの認定証とそれに付随した2つの認定書を頂き、いわゆる、認定カウンセラー、認定セラピストと言うものになった…。

だが、民間の資格試験に合格したというだけですぐに実戦でその知識が通用するとは自分自身思えなかった…。

すぐに、地元の保険センターなどに連絡をいれ、現場で、協力させてもらえる事や、勉強させて貰えるよう、ボランティアでの活動を申し込んだ、同時に、自堕落な生活を送っていた時期に通っていたバーの一角を借りて、深夜に、仕事終わった、水商売の女の子達の悩み相談も受けるようになった…。(自堕落な生活もここに来て役に立った/笑)

昼夜を問わず、ひたすら、臨床経験を積む…。

また、グリーフケア(死別悲嘆のケア)の講習会に参加したのもこの時期だった。

この数ヶ月は、後に独立開業する際の自信に繋がる大事な時期だった。

2006年の年末から、娘と東京に戻り、独立開業の準備を始める…。

パソコンやインターネットの知識に疎かった(いまでも疎いままですが/汗)俺が、mixiに代表されるSNSを知ったのも、個人のブログが簡単に持てると言う事を知ったのもこの頃だった。

開業準備期間にも、改装業者の夜逃げや、娘の保育園の時間などの問題で、オープンは2007年の4月まで先送りになってしまうハプニングもあった。

心や体が疲れきってしまい消えそうになっている方を一人でも多くREBORN【再誕・再生】させたいというコンセプトからカウンセリングルームMENTALREBORN 2007年4月16日正式オープン。

開業後も、勿論、順風満帆とは行かない…。

ホームページや、SNSやブログでの宣伝だけでは、ご相談を頂く人数の絶対数が全く足りない…。

その時期は、嫁さんの残してくれたお金で食い繋ぐ…。

夏ぐらいを境に、口コミや、クライアントさんからのご紹介などで、少しづつではあるが、信頼を得る事が出来始めた気がする(気のせいか?/苦笑)

この頃から、実際にクライアントの皆さんの一人一人が持っている悩みの根深さとそれを取り巻く社会の温度差に驚かされる事になる…。

メンタル疾患に対する社会の認識の低さと偏見…。

いまだに、メンタル疾患=気持ちの弱い人間がなる病気だと思っている人の多さに驚かされ、メンタル疾患の多くが脳の病気であり、また、誰もがなりうる病気であるという事実を対岸の火事の様に考えている人の多さにがっかりする。

更に悲しい現実だが、多くの症例から、家族や、配偶者などの最も身近で、フォローすべき人達が対岸の火事のように傍観者を決め込んだり、臭い物には蓋の精神で、座敷牢のような状況を作ってしまい、自立の妨げになってしまったりと、認識不足や、間違った情報や風習などに、自立のチャンスを潰されてしまっている方々が多数いる事も、分かって来た…。

悩みや辛い事、悲しい事を誰にも打ち明けず、自分自身で処理できる事が美徳とされる日本人の国民性がそうさせるのかもしれない…。

しかし、それは、数年前の俺の姿勢だったのかもしれない…、嫁さんの思いを引き継ぐ為に作ったコンセプトを、いつまでも忘れないよう、改めて肝に銘じる。

もう1つ、吐き出す事、向き合う事の大切さも…。


地道に活動を続けて行く中で、俺と嫁さんの趣旨に賛同して下さる方、協力をして下さる仲間も増えて来た。

次のステップへ踏み出す時期なのかもしれない…。

『これまで』を振り返ると、いつも俺の行動原理は嫁さんだった…。

『これから』の次のステップも、改めて嫁さんの思いと共に踏み出したいと思う…。

嫁さんが、最期まで心から願ってくれたのは、俺と娘の幸せだったから…。

その思いに報いる為にも…。

我が最愛の妻から託された今を苦しんでしまっている誰かの為にも…。

嫁さんを亡くしてから俺は、大きな分岐点に立つ時、嫁さんのあの笑顔を思い浮かべる…。

俺の1番大切だった…、何よりも守りたかった、大切な人の笑顔を…。

俺が、結果的に守れなかった、大切な人の笑顔…。

この駄文に、最後までお付き合い下さった皆さまへ、厚かましくもお願いがあります…。

「思い浮かべて見て下さい、あなたの大切だと思える人の笑顔を…。」

「そして、今、心に思い浮かんだ方の笑顔を二度と見れないものにしない為にも、今より、ほんの少しだけ、その方に優しくしてあげて下さい、たったそれだけで、救われる命が、確実にあるのだから…。

最後に、嫁さんと、そして、今現在、自分が頑張り過ぎている事にさえ気付かず頑張ってしまっている人達へ…。

『もう、がんばらなくていいんだよ…。』



メンタル疾患の彼氏彼女を持つ人達へ…(完)
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テーマ:たいせつなひと。 - ジャンル:心と身体

  1. 2008/11/02(日) 20:02:15|
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